派遣体験記
みなさんから寄せられた派遣体験記です。友人の紹介で某携帯電話会社の販売の仕事を始めたけど、ネクタイを締めてする仕事が初めてだったせいか仕事を覚える前に契約上の大きなトラブルを起こしてしまい、結局辞めてしまいました。
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こんなものいらない!!「派遣業法」。
都合のいい時だけ呼ばれて、社員の1/3以下の低賃金で酷使され、いらなくなったらポイ捨て。
派遣などやっている限り、一生貧困の鎖につながれたままである。
ここへ来てようやく派遣業法見直し・廃止への動きがあり「やった!!」との想い。施行3〜5年後と先の長い話だが...。
人道的・道徳的に考えて「同一労働同一賃金」が当たり前ではないか。
しかし現実は正社員のほうが保証された身分の上で胡坐をかいて危機感無く、派遣よりも仕事が出来ないヤツばかりと来ているから呆れる。
派遣は「いつ切られるか」と気が気じゃないからいやおう無く毎日、必死のバトルを強いられる。
たまに”正社員並”に仕事がのろいのがいると、あっさり”クビ”。
しかしそれは”クビ”ではなく”契約満了”と言うのだから、どこまでもクライアントの言いなりなのである。
要するに、「派遣」は最初から「負けゲーム」なのだ。
美術品の展示即売会の受付。
入り口でただ頭を軽く下げて笑顔で迎える。
以前購入していただいたお客様へ招待状持参なので、その場合はスタッフを呼ぶ。
後は帰るお客様にプレゼント品を渡す。
口にする言葉は僅か、動く範囲も僅か。
ただぼんやりのんびり。
で、時給がヨイ。
でも3〜4日間の短期。
年に何度もあればいいのに〜!って仕事でした。
私の行っていた派遣は、某カメラのショールームでした。ここは、スタッフ13人全員が派遣なので(ときどき管理の為に社員さんが来ますが)、とても楽しく勤めていました。最初はスタッフ全員が女性なので、ネチネチしたところがあるのかな?と思っていたら、人情深い人達ばっかりでとっても良かったです。月に何回か学習会や朝礼の為、早出や残業はありますが、もちろん1.5倍で残業代がでます。さらに年3回、派遣会社から慰安としてお食事代が支給されされます。あと制服はもちろん、靴は半年に1回、タイツとスットキングも支給されます。1年契約なので継続しない場合は、卒業式と称してスタッフが優しく会を開いてくれます。本当にステキな派遣でした。
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名古屋の高島屋で派遣体験をしました!
私の担当はレジで、お客さまと直接触れ合う事はほとんどありません。
時々お店の場所を聞かれたりするぐらいでした。
お店の販売員がお金と洋服に着いているタグを持ってくるので
それをレジで精算するだけ!
特にやる事が無いときは側に置いてある椅子に座って
同じレジ担当の子とおしゃべりタイム☆
スーパーのレジの人達はずっと立っているのに比べて
座っていられるので足がむくむ事も無く快適でした!
それに1000円以上の高収入!!
今は、主婦になってフルタイム働く事ができないのでなんですが
また機会があればここで働かせてもらいたいです☆
人生で一度だけ派遣のアルバイトを経験しました。
軽作業の多い派遣会社で、特別なスキルがなくてもお仕事がもらえました。
私がやったアルバイトは、ペットボトルにひたすらおまけをつける・・・
というものでした。
時給は800円でした。
作業自体はとても簡単だったのですが、スピード作業でした。
ベルトコンベアで休む暇なく流れてくるペットボトルに、テキパキとおまけを付けて行くのですが、慣れてくると気持ちに余裕もでき、少し楽しいと感じる時もありました。
私は初めてでしたので、知り合いもいなくもくもくと作業に徹しましたが、よくここでアルバイトをしていると思われる先輩たちは、
少しおしゃべりをしながら、作業も声をかけあって助け合いながら、楽しそうに働いていました。
私が今働いてる職場の話です。仲の良い人同士はとてもいいのですが、仲の悪い人同士は明らかに仕事がやりずらい。嫌がらせもしょっちゅう。
ほとんどが非正規職員だから、仲良くやらなくても、割り切って仕事ができる人ならいいはず(私はそんな感じ)
某一流企業ですが、給料は安いし仕事もハード(肉体的にも精神的にも)なんか他の仕事に変えたいのですが、どこも皆同じような気がして一歩踏み出せない私です。
某大手通信会社でサポートしていました。
時給は通常に比べて500円ほど高かったです。
仕事は、他の通信会社に比べて楽だという事でした。
社員さんが、やっぱり働かないんですよね〜。
で、田舎から出てきた電柱に登っていたおじさんたちが
所在な下げに、パソコンの前にいるんですよ。
それは、ある意味かわいそうですが、イライラしますよ〜。
でも、自分の仕事をきちんとこなせば収入の面では楽でした。
その仕事で上を目指すのは難しいですが、
資格勉強をする人とか、HPクリエーターとか作家さんとか
いっぱいいて、別の意味で頑張れる職場でした。
私はというと、舞台とかに燃えていましたけれど。
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