おすすめ派遣体験記
当サイトがピックアップした選りすぐりの派遣体験記です。
以前某派遣会社に登録し、日雇いアルバイトをしていた頃のことです。
「オフィスの改装」と書いてあったため、ビルの一室のような事務所の改装をイメージしていました。
募集人数も5人くらいだったのでやはりそうかと思っていました。場所が「県外」というのは気にはなりましたが、一緒に仕事をする方が運転してくださると聞いていたので安心はしていました。
そして迎えた当日。結局集まったのは3人で、そのうちの一人が車を出してくださる予定だったのですが・・・なんと故障。
急遽派遣会社の車を借り、かなり遅れて出発。しかも高速は使うなと言われたため、片道4時間。着いたころには仕事の開始時間を1時間程度過ぎていたため叱られてしまいました。
さらに「オフィスの改装」と聞いていた仕事内容は・・・なんと大型ホームセンターの改装!!間違いではないのですが・・・。棚を解体し、新たに組み立て運ぶといったかなりの肉体労働。その上、夕食を食べる時間もなく夜10時まで働きました。疲れ果てた体でまた4時間かけて帰宅。
後日給料をもらいに行きましたが、遅刻したために1時間分の給料を引かれたため、かなりの低賃金。
当分体が痛く、ほこりまみれの作業だったため喉もやられました。
本当に最悪だったので、それ以来そこでの仕事は一度も出ず、登録も解除しました。
とある派遣業者を介してリース会社に派遣社員としていきましたが、
とてもひどいものでした。
残業は月200時間に達したのでないでしょうか
そして残業代はある一定時間を越えたあとはサービス残業となり、
文句の一つの言えない環境でした。
派遣業じたい廃止していただければいいと民主党には期待していますが、
実際は無くならないでしょうね
単なる奴隷制度です。
私は2年7ヶ月前に転職しました。某通信販売会社のインターネット経由の顧客対応担当でした!
書類の整理をし、一人で300通以上のそれぞれ違う内容のメールをお客様に送り、
「写真には写っているけどカタログで販売していないスタイリストさんの私物」とか
「2号前のカタログの在庫」とかを社内中駆け回って探し毎日夜中の12時まで残業してました。
しかし3年毎日7時間の残業して猛烈に働きましたが派遣ということで給料は減らされるし、サービス残業は多くなるしまったく報われませんでした。
数年前,ホームヘルパー等が問題になり今は無くなった某派遣会社に勤めていました.
主に行った仕事は,ドラッグストアの食品の店舗別仕分けです.
季節によって出る食品は変わりますが,特に夏が大変で,ペットボトル飲料水の仕分けが一苦労でして,半日その作業を行っていました.
でもメリットもあり,空き時間に働けるのが良かったです.
収入は時給800円で8〜11時間,週に2回ほど入っていました.
またあの仕事できないかなあ...
正社員の立場から派遣や契約社員の業務を視ていると、かなり違いがあるように感じます。それは、私の仕事場(現場)には契約社員が3人いますが内2人は女性で定時になっても6時位まで事務的業務にがんばっています。一方正社員は定時になれば、もう帰ってしまう始末で示しがつきません。見るにに見かねた私と後輩で「手伝う」ことにしました。当たり前なことでですがネ。彼女たちにも手伝うようになってからは、少しずつ理解が得られるようになり仕事もスムースになって来ました。
ただ、正社員や派遣などの壁はあるものの大切なのは、その時だけ気持ちがわかっただけでなく、お互い話し合いし忙しいときは協調共同で仕事をすすめて挙げる実行しなければなりません。
そうすることにより非正社員であっても気持ち的に救われる場合もたくさんあると思うのです。「気持ち」と「行動」が合わさって始めて仕事の結果に繋がっていくと思いました。
私は、いままで数社の派遣会社に登録し、派遣先に行きました。その中で、一番良かった派遣体験記を書きたいと思います。
場所は東京駅にある旅行会社での受付の電話オペレーター。時給は¥1,500で交通費¥3,000の支給。PC2台使ったり、いろんな媒体からの申し込みで、パンフが異なったり、ちょっと厳しい社員さんのもとでの研修があったり、家から遠かったりと、「絶対すぐやめるな」と思ってました。でも、実際1人立ちすると、周りはみんないい先輩ばかりで、後輩もいい子が入ってきたりと、とていもいい会社でした。実際の業務も、厳しくしてくれたいおかげで、すぐ慣れました。
諸事情で、半年でやめてしまったけど、その事情がなければ、時給面・
環境面もよかったのでまだ続けていたかもです。
また、やめたあとでも、何人かの先輩・後輩とはまだ交流が続いています。
七年前に派遣会社から銀行に週3ぐらいで働いています。
私は銀行経験ありではいりましたが、着任当日から窓口でいきなり接客!
研修期間が二週間あったとはいえ、数ヶ月間はごはんがたべられないくらい緊張の連続でした。パートや派遣以外の行員さんは移動があるので、七年たったいま私より古い人は一パーセントも残っていません。今では窓口で職人のように仕事をしている毎日です。とはいえ新しい商品や法律の改正その他もろもろの勉強がかかせません。毎日ではないので休みの日はテニスやゴルフとリフレッシュしてます。銀行窓口のいいところは、その日の仕事はその日で完結するところです。毎日新しい気持ちで働けるのが永く続いてるひけつかもしれません。
僕はあるイベント会社の派遣として競艇場で仕事をしたことがあります。仕事内容は風船を配り、射的の補助をするといった一般的なお祭りの仕事という形でした。
暑い中、開催中いくつ風船を配ったでしょうか、、、3個です…
全く風船を受け取ってくれず皆出走表ばかりみていました。
射的の方はというと開催中に10名程度が利用しましたが、景品をゲットした人はいらっしゃいませんでした。
風船3個を配る、10名のおじさん達がプリ〇ツを狙っているのを横目に見る、そんな仕事なのに日給はかなり良いものでした。
イベント会社と主催者に申し訳ない気持ちでしたが、余ったプ〇ッツでお腹いっぱいにして満足して帰りました。
今もこのような仕事はしていますが、競艇場の仕事はなくなっていました。
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