おすすめ派遣体験記

当サイトがピックアップした選りすぐりの派遣体験記です。

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男性/42歳/みけ
派遣も正社員もやること同じ

某大手二輪メーカーのエンジン製造ラインに1年ほどいたのですが、正社員と同じように製造工程ひとつまるごと任されていました。

NC旋盤2台、ドリル系工作機械2台、ホブ盤(歯車を切る機械)を使い、原付のエンジンのクランクシャフトを加工していました。

元々コンピュータプログラミングの知識があったので、夜勤で上司がいない時などはNCプログラムをいじってスピードアップしたりしていました。

毎日油まみれになって月収は手取り30万ほど。

現在は機械設計とプログラミングの二足の草鞋で仕事していますが、当時の加工知識が役立つことも多いです。

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女性/31歳/なおれま
勉強ができる

海外物流をしている会社で貿易事務をする仕事に派遣で行きました。
貿易関連書類の作成や、納期調整などをする内容でした。
時期的に仕事量が減る時があり、その時は、自由にしていてよかったです。
周りの人は英語の勉強をネットや本でしてたので、私もしてました。
残念ながら2年間で終わってしまったのですが、その間たくさん英語の勉強ができました。
すごくよかったです

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男性/42歳/gats
サポートエンジニア派遣体験談

MCPの資格を生かしながらスキルアップしていきたかったので、4年前から派遣で7〜8社勤務しました。1カ月の短期から1年以上のプロジェクトが終わるまでメンバーとして参加したり、先端の医療機器メーカーでのシステム展開や、外資系ネット関連の企業のPCサポートなど、さまざまな仕事を経験しました。
正社員だと勤務先の環境しかわかりませんが、派遣なら常に新しい環境で違うシステムを勉強できるし、社内に溶け込むヒューマンスキルも身に付きますよね。たくさんの人と接することができるのも楽しいです。これからは英語と UNIX、Linuxを覚えていきたいので、それらのスキルが磨ける職場を選んでいこうと思っています。

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女性/28歳/lu
翻訳派遣体験談

ERP 関係の翻訳を手がけて約1年後、アメリカへの出張のチャンスを得ました。最初の出張先は1998年2月、San Franciscoから1時間足らずのBARTの終着駅PleasantonにあるP社。当時はERPソフトの翻訳が本格化し始めたころで、経理や製造など企業内の業務システムや用語の翻訳が主な仕事だったため実務経験が大いに役立ちました。現地の翻訳者も大勢いてにぎやかでした。

2年後の2000年夏にソフトのチェック作業で再度訪れたときは、Pleasanton駅前の広大な敷地に本社ビルが立ち並び、同社の急速な成長ぶりが伺えました。このときは会社まで徒歩5分の新築アパートに滞在し、2、3人で1台の車を利用できました。休日にはSan Mateo Bridgeを渡ると1時間ほどで有名なStanford大学まで行くことができました。San Francisco地域の夏は抜けるような青空と、からっとしていて日陰に入ると涼しい気候で快適な日々が続きます。このときは世界各国から数十人の翻訳者が大集合。プロジェクトの終了後帰国直前に各国の翻訳者による料理・飲み物持ち寄りのパーティも開かれ、大いに盛り上がりました。

2社目の出張先は1999年7月、Colorado州DenverにあるJ社。到着早々、「お酒は2,3日控えるように」と言われました。高地のため体調を崩すことがあるとのこと。市販のビールもアルコール度数が低めになっています。ここでは上海出身の中国人とアパートが同室になりました。中国語の訳語を尋ねて参考にしたり、中華料理を教えてもらったりしました。マネージャはじめスタッフは全員日本人のため仕事上困ったことはありませんでした。敷地の一角に小さな池があり、そこに同社の社是が掲示されているのが印象的でした。

土日を利用して植物園、美術館を訪ねたり、日本のマラソン選手の練習地で知られたBoulderからそれほど遠くない、海抜3000メートルの高地でも平原が広がるロッキー山地でキャンプを楽しみました。

3社目は2001年2月、San FranciscoからBay Bridgeを渡ったところにあるS社。当時はAmtrackのEmeryville駅前にある事務所が仕事場でしたが、近くに新築の自社ビルが完成間近でした。ここでの作業はCRM関係でしたが翻訳と技術に分化されていて、翻訳は私が担当し、画面の修正はドイツ人技術者が担当するという二人三脚スタイルでお神酒徳利のように隣り合い、お互いのPCが良く見えるようにして作業しました。彼は日本語がわからないため、1つの用語を2行にする場合など、どこで区切るかを教えたりしました。日本人のスタッフのほかフランスや韓国からの翻訳者もいて、昼食はいつも一緒でした。ドイツの技術者はお土産を買いたいのだが何を見ても高くて手が出ないとこぼしていました。ボン在住ということで、物価も低く住みやすいと自慢していました。

San FranciscoはダウンタウンのほかGolden Gate Bridgeから車で20分ほど北にある骨董の町Petaluma、その先のNapaやSonomaのワイナリーめぐりなど、楽しむところには事欠きません。バスや電車の便もよく、ふだんは車なしでも快適に生活できる地域だと実感しました。

ERPの翻訳を始めてから6年余、この間ビジネス用ソフトは急速に進化しています。翻訳者としてもその流れに遅れないようPC操作、ソフトや実務の知識、英語による日常会話や仕事上のコミュニケーションなど総合的な能力を常にレベルアップする必要があります。外国で生活しながらの仕事はその一環として貴重な機会になりました。機会があればまた行ってみたいところばかりです。

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恋愛結婚の新しいカタチ「オーネット」

女性/36歳/マロン
こんなひどい職場があるなんて!

金融関連会社へ派遣されました。もちろん人事担当者が必要だと判断したからそこの会社へ派遣されたはすなのですが・・・。実際同じ仕事をする大ベテランの人が、自分ひとりで何もかもやりたい、他人に邪魔されたくない、ヘタに仕事をさせてミスなんかされたくない、教えるのがイヤ・
・等の理由で、早く辞めろ!と言わんばかりに徹底的にイジメられました。あとでわかった事ですが、そこの会社は同業社の間でも色んな面で、評判が悪い会社でした。ただ、人間関係などは実際仕事を始めてからしかわからないから、やっかいですよね。ブラック企業の見分け方みたいなものはないでしょうかね・・。

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男性/34歳/とい
深夜就業

深夜就業の上、キッツイ仕事させられて
雰囲気は良かったけど、もうやりたくない仕事でした。

24時間の3交代になるという話が持ち上がり、
このままでは体を壊すと思い、辞めてしばらくした所
サブプライムローンの問題で派遣切り

今日その会社の前を通ると、
当時駐車場からあふれるぐらいあった車の数が
半分になっていました。

派遣切りで切られて失業者があふれる前に
辞めて今の仕事を見つけてよかったです。

今の仕事もそれなりにキツイですが、
その時よりも全然楽です。

おまけに、派遣というのは、
正社員の会社に就職するまでのつなぎにする人が多いのに、
同じ派遣会社に所属していた先輩が
正社員の会社に面接を受け、落ちたのが派遣会社にバレたらしく、
その事で派遣登録を抹消されました。
一体何のための派遣システム(?)なのでしょうか?
人事ながら、腹が立った出来事でした

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女性/34歳/ぽんさん
大混乱

以前、私は製造工場の品質管理の事務ということで派遣されました。その会社は小さなモーター類を作る会社で、少人数で全員でも150名ほどでした。仕事内容は、協力工場が中国にあるので、その部品の輸出の書類の作成と現地との電話やメールでのやり取りでした。
英文でメールが来るのはいいのですが、電話だと英語がちょっとなまってて分かりにくい・・。全然通じなくてあせりました。慣れない仕事と、慣れない発音で大混乱!!おまけに忙しい時期だったらしくて仕事も山積みでした。終わるのは9時、10時がザラ。休日出勤もありお給料はよかったけれど、はっきりいって疲れました・・。性格に合わない部分もあり、更新時に辞めさせていただきました。

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女性/28歳/wakamatu
「楽過ぎて申し訳ない程」

老舗出版会社の受付をやりました。通常勤務されている方の長期休暇の穴埋めのため、単発です。勤務時間は10:00~18:00 新宿駅からは少し遠いのですが、交通費が出るので都営地下鉄を利用すれば、徒歩5分以内でした。業務内容は郵便物の仕分けと、来訪者の対応。休憩はお昼1時間と夕方15分。時給は1,100円。ずっと座りっぱなしなので、楽でした。受付にしては時給は低いかもしれませんが、仕事内容を考えると、とても良いお仕事でした。

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