おすすめ転職体験記
当サイトがピックアップした選りすぐりの転職体験記です。
転居をきっかけに新境地で初めて派遣されたのは小さな町工場の事務。
『アットホームで働きやすい職場』と言われていたので、
仕事内容は初めての事で不安でしたが安心していました。
しかし待っていたのは予想以上に殺伐とした雰囲気の事務所。
とても気分屋の若い事務員さんが居てみんな頭が上がらない様子。
新人というだけで意味もなく無視をされ続け仕事にも支障が出てきました。
仕事内容を覚えるだけで精一杯だった私にはとても辛過ぎました。
派遣会社の担当者に伝えるも「あの子はそういう子だから」と
親身になってはくれませんでした。
結局、我慢が祟って精神的にもかなり辛くなり、
体調を大きく崩してしまいました。
約半年の療養を経て次に就職したのは、
現在も勤めている某大企業のオペレーター。
契約社員ですが、仕事内容も初めてにしてはやりやすく、
人間関係に悩まなくて済むだけでとても気持ちが軽くなりました。
給料は以前と比べ半分以下になりましたが、やはり健康が一番。
転職してとても良かったと思っています。
3年半働いた広告関係の企業を転職、現在のインターネット関係の職場に就きました。
前職は、営業をしていたのですが、成果主義だったので、若干25歳にして年収900万円近くもらっていました。ですが、目標達成しなかった場合は30%近くダウンする可能性もあったり、深夜遅くまで働く日々が続きました。
働き方を変えたいと思い転職し、現在は年棒性で700万円ほどの収入をもらっています。
毎日8時には仕事を終え、プライベートの時間も充実でき、将来的には子供を産み、育てながら働くことができる環境です。
若い頃に無理して働きお金を稼ぎ、20代後半は現在のようにライフワークバランスのとれた職場で働くことができ、転職は成功であったと思っています。
地元の塾での高校英語講師から、東京のIT企業へと転職しました。塾講師のときは、勤務時間が長くて大変だったのですが、びっくりするほどのお給料をいただいていました。特に不満はなかったのですが、東京でどうしても働きたい!その思いがあって、お金をためて、某IT企業の専務秘書として東京で転職しました。
実際勤務時間は以前より減り仕事も楽ではあったのですが、収入が大幅にダウン。ただ、これは承知の上でしたので、特に問題はありませんでした。しかし専務秘書というポジションが新たに作られたということもあり、周りからも「専務秘書だよ〜」という特異な目で見られる日々。スカートにヒールを履いて行くと、先輩社員(女性)たちから怒られる。女性と男性の仲があまり良くなく、いつも社内がピリピリしていて気を使う毎日。
四年勤めたのですが、ストレスで体調を少し崩し、主人の勧めもあって退職することになりました。せっかく夢叶って東京に出てきたのに、散々な転職ライフでした・・・。
私は結婚をするまで歯科衛生士をしていました。
新卒で入った医院は先生はとっても優しい人で、私が泣いてしまった時も慰めてくれる人でした。
3年も過ぎた頃衛生士業界は大体3年で次の医院へ移ったほうがいいということを聞いていて
仕事内容も他にもステップしたいと思っていたので転職する事にしました。
そこの医院は以前より衛生士に色々仕事を回してくれるのですが、
先生の性格が本当に気分屋で困りました。
仕事は楽しかったのですが、
ちょっと勝手に窓を開けくらいで「誰があけたの?何であけるの?」
など、小さいことをぐちぐちいってきて本当に毎日精神的に疲れました。
先生が院長なのは十分承知している私たち従業員はなにも言い返せず
ただただ「すみません」といっていました。
先生に少しでも口答えすると、その日から先生のいじめがはじまります。
仕事は回さない、本人に聞こえるように悪口を言うなど、本当に悲惨な先生でした。
もう耐えられなくて○日に辞めさせていただきます、っと言うと
精神的苦痛をあたえ次の日はもうこれなくさせられます。
私が転職した職場こんな医院でした。
面接時はいい先生ぽく見えたのですが、
いざふたを開けてみたらこんなで次からは本当に慎重に転職しようと心に誓いました。
今までの会社はベンチャー気質の会社で、21時までのサービス残業はあたりまえ。遅い時は夜中の1時、2時まで残る事もある。
そして、それを「社風」として、「残業は本人の責任」「仕事させてもらっている」と、管理。
土日祝日休みの雇用であるが、土曜日出勤はほぼ毎週。
つらい日々が続く中で、転職を志す。
結局、給料は下がったものの、生活は安定。
やはり体が資本。
自分ッ自信成長できるフィールドはたくさんあるが、体が持たなければ、その成長を次に生かすことは出来ない。
安定企業を求めるわけではない。
しかし、ある程度の生活を保てる環境が獲得できた事が、転職活動の成功です!
【電話でのセールスの仕事です。】ということで転職したある会社。
面接が近場の喫茶店で行われた時点で少々怪しいなぁ~と思いながらも給与に惚れて入社しました。
入社初日。
まずは研修でした。
電話のかけ方:まぁ電話のセールスのお仕事だから
マニュアル読破:この時点で気付きました。これは明らかに在宅商法!!
お昼は上司のおごりでしたが、平成のこのご時勢に有り得ないくらいなバブリーな格好の上司!しかもお昼は一人5千円の鉄板焼きコースをご馳走してくれました。
入社1週間。
上司に堂々と聞きました。
【この資格を取ったら在宅のお仕事を紹介します。って言ってますが、既に資格を持っている方はどうなるんですか?】
↓
「もう一度受けていただくことになります」
↓
【えっ!?これ国家資格ですよね。もう一度受験とかできるんですか?】
↓
「できるんじゃないの?っつーか、そもそも主婦がこんな資格持ってないと思うし、取れないと思うし」
↓
【ちなみに、私の友人主婦ですがこの資格持ってますが】
↓
「でも仕事無いよ。」
やっぱり...
入社1週間で退職しました。
しっかり給与は支払われましたが、【退職手数料】という意味不明なお金を取られました。
終身雇用がなくなり、一つの会社に勤め続けるという価値観が変わった今となっては、転職はあまり珍しいことではないと思います。
僕の転職は、20代の前半でして、当時の僕は、船会社で船員として働いており、諸事情で一般の会社で就職活動を始めたころは、まさに陸に上がったカッパのような気分でした。
営業の会社に入り込んで一般家庭に電話をかけ続ける日々、日々、日々でした。その時は、暗澹たる思いで過ごしておりましたが、今思い返すと「あんな日々もあったなあ〜」というどこか他人事のようです。
営業活動でアポが取れた時に出かける費用は自分持ちで、働けば働くほどに貯金が減り続けていくという状態でした。当然、続けていくことが難しくなりまた、辞めました。
今でこそ、なんとか安定していますが、いったん止め癖が染み付くとなかなかそこから抜け出すのは容易ではないと痛感しました。
転職や解雇のニュースを見る度ごとに当時を思い出します。
結婚、出産しても、働き続けたかったので、待遇のいい公立保育所(公務員)へと転職しました。
私立幼稚園の時は、まず、就業時間が遅く、持ち帰り仕事もたくさんありました。給料も安く、平日は絶対休めませんでした。
しかし、それ以上に、やりがいや達成感があり、楽しい仕事でした。忙しいですが、充実感はものすごいと思います。
公立保育所に転職してからは、就業時間にきっちり帰宅でき、平日に休みもとることができました。給料もおおきく上がりました。ただ、やっぱり公務員ということもあり、園児や保護者と深く関わることは禁止なので、それが少し寂しいかもしれません。
公立保育所へ転職したい方、まず、自治体の採用試験を頑張って下さい。
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