転職体験記
みなさんから寄せられた転職体験記です。
転職は成功したんですが回りの人は頭が良い人ばっかりなんですね。
自分はミスが多いので失敗するのをすごく恐れています。
しかし慣れてきました、収入も安定し生活に余裕がでてきました。
転職は一か八かの境界です、でも思い切って転職して人生も良い方へ行ったと思います。転職に失敗したらどうしようかと思いましたが、いまのままでは駄目な気がしたんで思い切って転職してよかったです。
新卒入社後初めての転職は、メーカーから個人事務所へ転職して大失敗(労働条件等の詰め甘さから)し、後悔しました。最初の転職から3カ月後、早くも再度の転職活動を始めました。
2度目の転職は失敗できない!と、ネット・紹介会社を駆使して、あらゆる情報を手にいれ活動しました。
どこでも今より良いところ…ではなく、
*給与(基本給で高い年収なのか、残業が多すぎて高いのか)
*勤続年数(短い会社=居心地の悪い会社)
*経営状態
*仕事内容の細部(自分のキャリアの延長上となるか)
*女性なので産休制度の利用率等
にわたり調べて、納得のいく会社のみ受けました。
面接では一緒に働く人の人柄もチェックし、内定後も気になることはどんどん質問、オファーレターの細部まで確認をし、入社。
現在3年目を迎え、年収もUPし、とても充実した毎日を過ごしています。
最終的になにを選ぶかというと
仕事内容(自分に適正か)と周囲の人間
給料はそこそこあればいいし
ストレスってやはり人間関係が大・大・大
給料は能力に伴うものだから
人間関係さえよければ
職場の雰囲気も変わり
仕事も順調
転職というほど大げさなものではないのですが、今まで内職をしていて毎日20キロ以上ある釘の箱何箱も運んでは自宅で一日中それを数えて販売用の袋に何本かづつ入れるという作業を続けていました。
労働のわりにお金は全然良くなくて悩んでいました。
しかしたまたまネットで在宅ワークを知りそちらに乗り換えました。
簡単な文字入力なのですが、金額も思ったほど稼げず、結局、簡単にはお金は稼げないことを痛感しました。
まだ重たい物を運ばなくてよくなっただけでもよいのかも知れないですけどね。
医療事務として、個人病院の小児科・内科併設の病院に勤めていました。そこはとても先生・従業員とも家族のようなアットホームな雰囲気で、患者さんも先生の温かい人柄を慕ってこられているような病院でした。
しかし、先生があるとき急逝され・・・小児科医の少ない今、あとを引き継いでくださる先生も見つからずに、残念ながら閉院することになりました。
従業員もそれぞればらばら。私は紹介された、地元の整形外科へ同じ医療事務として転職することとなりました。
そこは外来・リハビリ・デイサービス・入院病棟とある病院で、とても患者さんも多く、激務の毎日でしたが、なんとか頑張っていたのですが・・・そこの先生&事務長は前の先生とはまったく違うタイプで、利益主義・従業員の気持ちをあまり考えてくれないような感じでした。給料は前の病院よりも良かったのですが・・・。先生も一人で大変なのはわかるけど、結局書類などは事務に丸投げだし、一応先生にもチェックはしてもらってるが、それでもしミスがあれば厳しく責められる。
先生&事務長は「患者様を大事に!!」というけど、その患者さまは先生嫌いだけど、他に病院がないから来てる・・・って方が殆どでした。
激務もあり、子どもと過ごす時間もかなり減ってしまっていたので、子どもも不安定になってしまいました。このままだと家庭も壊れそうだったのと、先生&事務長の趣旨に賛同できなかったので、辞めてしまいました。でも給料はとっても良かったので、そこは少し残念な気もします(笑)
建設コンサルタントの補助(主に事務作業)をしていました。
補助ということで、
扱いは良くなかったです。
セクハラまがいなことを聞かれたり、
休日出勤してくれと言われ行ったら
上司は寝坊で来ない。
遅れてきたくせに、私の終電がなくなりそうになり伝えると、
「それがなんやん」という態度。
繁忙期は、休みが何ヶ月もない。
だが、繁忙期が終わり、暇になると
「休め〜」「休め〜」攻撃。
その暇な時期に転職活動しました。
運が良く、1社目で内定をもらった会社は
小さな製造会社の事務。
事務は20代の女子社員が私の他に3人。
当時、私は24歳でしたが、
先輩の20歳の女子社員に振り回され、
彼氏に手を出され、噂を勝手に流され、
小さな会社だったので、
息苦しい思いをしました。
仕事自体は、どちらも私が望んで入った会社なので楽しくやりがいもあったのですが・・・
私は、養護教諭を目指して、いましたが、なかなか合格することができませんでした。大学卒業後、産休・育休・病休代替で臨時の講師をしていました。高校の教員免許を持っていることから、初任校は高校の講師になりました。初めは、「なぜ養護教諭ではないのか」ととまどいはありましたが、学校で働き、子どもたちと関わることには変わりないと思い、学校で働くことの気持ちが強くなりました。また、授業をする自信がつきました。高校生の発達段階を学ぶことができました。
?校目は念願の小学校での代替養護教諭になりました。山間の全校児童105人の小さな学校で、先生方や子ども、保護者、地域の人々に恵まれとても働きやすい環境でした。養護教諭といっても保健室にいるだけではなく、子どもたちと一緒に活動することのほうが多かったことから、絶対に養護教諭になろうと思いました。
いつ講師が来るかわからない不安定な生活の中、母親のリストラ、祖父の介護等が重なり・・・家庭の経済状況が悪化しました。
不安定な生活ではいけなくなり、公務員試験を受験。運よく内定をいただきました。
現在、保健師として市役所に勤務しています。
給料は講師をしていたときより、月額3万円安くなりましたが毎月、収入が入ってくることから、安定した生活を送ることができました。
給料は安い割に、仕事はとてもきつく・・さらに震災で被災し、激務になりました。(津波で、職場は壊滅的な被害を受けました)
ヘリコプタ―で救助をしに行ったこともあります。
被災地の子どもたちと関わり、「学校で働くことが諦めきれない」
と思い、再び、教員採用試験にチャレンジし始めたところです。
初任校の看護部長や先生方、?校目の校長先生をはじめとする先生方の後押しもあり、働きながら、チャレンジすることにしました。
遠回りもしましたが、やっぱり、自分がやりたいことが一番なのだと、転職から実感しました。
転職する理由は人それぞれです。私の場合はこの不景気の影響で前の職場を離れる事になりました。実際今度の新しい職場は以前いた職場とは目と鼻の先です。お客様もどうしてあちらの店に?と困惑している方もいらっしゃたりしています。それでも私が今日もがんばれるのは新しい職場で出会った仲間が転職した事を逆に気を掛けてくれたからです。やはり仕事はお金も大切ですがやりがいがなければ続きません。もし、可能性があるのであれば転職をするのも悪くないと今は思います。
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