婚活体験記
みなさんから寄せられた婚活体験記です。
先輩の体験を参考にして、ぜひあなたの婚活に活かしてください!
今まで私は結婚に興味がありませんでしたが、いわゆる友達の結婚であせったタイプです。
結婚式の二次会や合コンに積極的に参加するも出会いがなく・・・(;´Д`)
どうしたものかと悩んでると、友達から「顔が鬼瓦みたいになってる」って。
いわゆる、真剣なまなざしが意識しすぎてこわばってしまってたようなんです。そりゃ出会いなんてないわって感じで(つд⊂)
その後、出会いなんていつかあるさ(*´∀`)なんていたら、今の旦那さんに出会いました。
そんなもんなんですよね。結婚って。
婚活、というか私が運命のひとと出会った時。
それはまだ私が学生のころでした。
周りが女子ばかりの環境で、毎日勉強とバイトに明け暮れていた私。
周りはそれなりに合コンやら友達の紹介やらで彼氏ができていたのですが、私には気づいたら彼氏がいなく、焦っていました。
毎日念仏のように彼氏が欲しいと友達や先輩につぶやく毎日。
それなりに合コンや友達の紹介でメールをしてはみましたが、がっついていた私はかなり引かれてしまったり。
当時ツイッターがあったら誰もフォローなんてしてくれないくらいにやさぐれていました。
そんなときに、先輩から「ディズニーランドでティンカーベルのネックレスを彼氏がいる人に選んでもらって買い、それをつけていたら彼氏ができるらしいよ」というなんとも胡散臭い情報が入ったのです。
実際先輩はそれで彼氏ができたようだったので、早速その先輩を引っ張り込んで近くのディズニーストアに行きました。
ディズニーランドにいく気力と時間がなかったので、ディズニーストアでも良いか、と妥協して考えたのです。
先輩に選んでもらったティンクのネックレスをし続けること1ヶ月。
相変わらずの生活を続けていたため彼氏はおろか一般の男子とも出会えずじまいだったため、そんなもんか、と思っていた矢先。
その日はテストで、教科書を見ながら追試かも、と思いつつふとネックレスに触れてみると何かいつもと違う感触があったので、よく探ってみたらティンカーベルが取れてしまっていたのです。
「ぎゃー!!!ティンクがいないっっっ!!!」
私の通っていた学校は少人数で、私のクラス=私の学年はみんな私がティンカーベルのネックレスを彼氏が欲しくてしていたことを知っていました。
テストの前の朝のけだるい空気が失笑に変わりました。
「米騒動…それ絶対彼氏できないよ…」
テスト後には夏休みがあり、地元に戻ることにしていたため、かなりへこんだ気持ちでテストを受け、良くも悪くもない点数でごまかし、地元へ帰りました。
ところが、地元へ帰ってすぐに出会いがあり、彼氏が出来たのです。
「ティンクはいなくなったんじゃなくて、探しにいってくれたんだよ」
小学生や中学生みたいなおまじないが偶然私に幸せをもたらしてくれました。
その後、私の友人はしばらくみんなティンカーベルのネックレスをしていました。
ちなみに、その彼氏が今の私の夫で、私の2人の子供のお父さんです。
保険外交員同士の紹介で初対面。
会合を重ね、おつきあいを開始。
その後、会うごとに会話の中で年齢詐称が発覚し、結果2コ上の女性と判明。
年上の女性か…、迷いはありつつも、流れに任せることに…。
1年半程たち、相手が三十路までに子を持ちたい旨の希望を知りつつ決断に迷ったものの、相手の器量の良さなどもあって、年上のハンデを克服しゴールイン。
自身同居のためいろいろありますが、そこは妻自身承諾の上でのこと。
とはいいつつも、いろいろあるなか、それとなく距離を保ちつつ仲良くやってます。
P.S.現在、パートナーとして不足はないものの、やはり年下のほうが明るい家族計画ができるのでは…と、たら、れば、を言えばきりがありませんな…
自分の理想を求めすぎてしまって、23歳で結婚したかったわたしがひとまわり干支をすぎました。それは、一人の人とずっと付き合っていたんですがなかなか相手が乗り気ではなくて、男友達とあそんだりしているうちに、また別の恋が芽生えて二股になってしまい、一人の人のこことまた別の人のここがあればと欲張ってしまい、結局幸せになれず、いまだに独身のまま現在に至っています。
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以前行ったお見合いパーティーで男女比が3:1か4:1くらいだった。
おかげで自分と話そうと思ってくれる人が行列を作ってくれてモテ気分☆
ただ実りはなしです。
あの頃はとりあえずメール続けてみるとか思えなかったしなぁ。
33歳の私は結婚を焦って、一人でバーに出かけたりしていた。
同じ位の歳で独身の男性と知り合ったりしていた。
休みが合えば、その方とシーパラダイスに行く約束をしていたが、なんだか気が乗らない。
同じ頃、ダーツ仲間の飲み会で知り合った23歳の会社員の男の子とよく遊ぶようになる。
一緒にいるととても楽しいけど、歳の差がありすぎる…
そんなある日、23歳の子と飲んでいた時、思い切って酔ったフリしてキスしてもらう。
それがきっかけで付き合うようになり、付き合って9ヶ月でプロポーズ。
その上、結婚して5日目に赤ちゃんを授かる。
今は幸せな毎日です。
私は、当年とって五十一歳。
今を去ること十四年前。私は、人間関係、仕事上のいざこざ、親族間の確執に疲れ果て、本気で自殺を考えるようになっていた。
幸、自由奔放をもっとうとし、妻子無し、両親は早逝、新族とも疎遠となっていた為、さして迷惑を掛ける人もなく・・・。
蓄財を使い果たした処で、「ジ・エンド」と決め、自宅も処分しホテルを泊まり歩き、毎夜痛飲。
そんな折、あるラウンジで熟女三人組と意気投合。年齢は私と略同年。何れもその年には見えない超美人。一人は才色兼備のスポーツインストラクターで元「ミス日本」。お次は、その同級生でクラブのママで元「女優」。最後の一人は、富豪の娘。
彼の三人は、合わせて「バツ6」の現在独身。(そりゃ、この人たちでは少々の男じゃ卑下して引くわな)自分たちを称して、「JBC6](熟女×6婚活クラブ)と名乗り、日夜再婚を目指し男を値踏みしているとの事。
何故か、気に入られ頻繁に彼女らと飲み歩く様になった。
略一ヶ月後、元「女優(現在の妻)」より思いも掛けず、告白される。その言葉がまた…
「囲い者でも良い。あなたの傍に居させて欲しい・・」
程無く、同棲生活に入り、十年後の聖夜に入籍。現在に至っている。
今思えば、金を惜しまず、あくまで真摯に振る舞った事と、雑学に長け、話題に事欠かなかった点がポイントになったのかも。
尚、後二名は未だ独身。「ベガ会」と改称し現在も飲み会を一緒しています。相変わらず、御美しいですよ!唯、多少化粧が厚くなった様に思いますが…。
前の彼女と別れるか相談をされました。
三択のあみだくじを書きました。
線は少な目のシンプルなもの。
「運命の分かれ道だよー。どの道えらぶ?」
と、彼に選択してもらいました。
彼は真ん中を選びました。
「あーみだくじ、あーみたくじ」と歌いながら行き着いた先は。。。
一点に集中したゴール。
(ゴールの左右あみだの先を真ん中のゴールのせんにつなぐ)
ゴールにはドクロのマーク。
(別れを予感させる)
ドクロからさらに矢印が書いてあり、たどって行くと私の名前が!
つまりどの道を選んでもドクロにつながり、その後は私にたどり着くというインチキあみだくじだったのです。
もやもやした空気も一気に笑いの雰囲気になりました。
その後、少しづつ私との距離も縮まりまもなく彼女と別れて私とお付き合いするようになりました。
いまは、結婚して子供にも恵まれとても幸せな日々です。
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